ページコンテンツ
科学で解明できなければ全ては嘘?
科学というのは、紀元前4000年頃に銅を使用したことから始まったと言われています。その後、紀元後50年に蒸気機関が、11世紀頃に火薬が実用化されています。
1895年にはX線、ICに至っては1964年と、科学というのは、せいぜい何千年という歴史しかありません。
しかし、地球が誕生してからの年月、もっと言えば宇宙が誕生してからの年月と比べると、まさに雲泥の差だと言えます。
何が言いたいのかというと、科学で証明できるものなどは、ほんのひと握りのことだけだ、ということなんです。言い方を変えれば、科学的に証明できない事象の方がはるかに多いと言えるでしょう。
つまり『科学で証明できないことは全て嘘』というのは、ただの人間のエゴに過ぎないことなんですね。
あの世や幽霊は存在するのか
あの世や幽霊の存在は科学的には証明されていません。それでは実際に『存在すると思って良いのか』というと、これもYESとは言えないんですね。
科学的には、人間というのは、単なる脳の電気信号によって、身体を動かしたり感情を表現しているのだと言われています。なので、そこには《魂》というものは存在していないんですよね。
要するに人間は、臓器が詰まっている生命体というだけの話で、寿命が尽きればただの肉塊に過ぎません……と理解は出来ます。ですが、本当にそうなんでしょうか?
ただの電気信号だと言われればそうなのですが、それだけで片付けられるほど、私たちが抱く感情というのは単純なものではないような気もします。
「だったら、どっちなんだよ!」というツッコミが入りそうですが、正直なところ分からないんですよね。
なので今回は、私なりに考えた《幽霊の正体》というものを話していきたいと思います。
『幽霊が見える』とはどういうことなのか
あなたの周りにも、「私、霊感があるんだ」「おれ、結構幽霊見えるんだよ」という人が、友達や親兄弟、親戚の中にいるかと思います。もしくは『自分自身が見える体質』だという方もいるでしょう。
このような人は、何か特別な才能があるのか、それとも幻想を見ただけなのか、本当のところは本人にしか分かりません。
なので、私なりに色々と見聞きした中から、コレと思う理由をいくつか挙げてみたいと思います。
①嘘をついている
幽霊が見えるという人の中には、見たこともないのに『自分は幽霊が見える』と嘘をつく人が少なくないようです。こういう嘘をつくことで《話題の中心になりたい》《珍しがられて注目を集めたい》という欲求を満たすそうです。
私自身は全くそういうものが見えないので、周りで『見える』と言う人がいると、まず『嘘でしょ』と心の中で思っています。
ただ、それは自分が見たことがないから疑ってしまうのであって、本当に見える人がいるのなら、それは『見えるんだから仕方ない』ということになるでしょう。なので、全ての人が嘘をついているという結論にはなりません。
中には《嘘をついている人もいる》という認識で良いと思います。
②統合失調症の疑いがある
医学的に言えば、統合失調症が《幽霊が見える》一番の理由になります。
心の病の一つである《統合失調症》を患っている人の場合『客観的な判断ができない』『幻覚を見てしまう』という状態になるようです。
この幻覚の他にも、臭いを感じる《幻臭》や、触れたと感じる《幻触》といった症状もあるので、実際には見えていない幽霊が、あたかもそこに存在しているかのように錯覚を起こしてしまうんですね。
本人にしてみれば、本当に見えているんです。ですがそれは、統合失調症という病が引き起こしている《幻覚》だということなんです。
③幽霊の正体は《念》である
幽霊の正体が《念》とは、どういうことなのか。
人間には『情念・執念・怨念・邪念・愛念』など、感情を起源とした様々な想いがあります。
例えば、突然何の前触れもなく、いきなり倒れてそのまま亡くなってしまった場合、自分の人生に対する未練などの《念》という想いが強く残ってしまいます。
人間の感情というのは、思っている以上に強い力があります。一説には『人が想い描いた事は必ず実現する』とも言われているほどですから。実際に、人類がここまで文明を進化させたのは、この《念》という力が大いに働いていると言われています。
つまり幽霊の正体というのは、人間の強い《念》が残ってしまい、形になったり音になったりするのではないか、ということなんです。
上記の3つが、幽霊が見えるということの説明として、最も納得のいく理由ではないかと思えます。
自称《霊感がある人》への対応
もし、あなたの周りで「幽霊が見える」などの霊的な能力を訴える人がいた場合、まず前述の3つを念頭に置いて考えてみてはいかがでしょうか。
嘘の場合は、もう放っておくしかないでしょう。相手にすれば疲れるだけです。
《統合失調症》だったとしたら、なるべく早く医師の診察を受けるべきであり、それを勧めることが本当の意味での『愛情』ではないかと思えます。
念というのは、心情的には理解できますが、あくまでも《仮設》の域を出ていません。何十年後・何百年後には、もしかしたら証明されているかもしれませんね。
あとがき
今回は、ちょっと趣向を変えた話題でしたが、いかがだったでしょうか?
このような話題というのは、興味のある方が多く、実は私自身も『幽霊』や『UFO』などの話は嫌いではありません。というか、どちらかと言えば好きな部類に入ります。
寿命が尽きて亡くなってしまった後のことは、誰も見たことがありませんし、経験した人も存在しません。だからこそ人は《その世界》に興味を示すんだと思います。
亡くなった後の世界があろうと無かろうと、ご先祖様がいるから今の自分が存在しています。
人は亡くなれば《仏》になるという気持ちさえあれば、それが感謝という想いに繋がり、平穏な心を保てるのではないでしょうか。
*注:あくまでもこの記事に書かれていることは仮説の域を出ていない、ということをご了承下さい。
それでは、今回はこの辺で。